春よ行くな

作・演出:山崎彬 | 音楽・演奏:岡田太郎
出演
呉城久美 大川原瑞穂 池川貴清 大塚宣幸 山崎彬
宮下絵馬 森井めぐみ 北岸淳生 植田順平
スタッフ

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山崎彬
演出より
ロングインタビュー
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聞き手:制作 有田小乃美
場所:東京駅日本橋口 スターバックス

―― 東京着きましたね。

山崎 昼バスで来たんだけど、浜名湖からのドライバーさんがすごく丁寧で、気分よく来れた。

―― 足取り軽く?

山崎 うん。悪い芝居として8回目の東京公演だし、個人としても東京での仕事が増えてきているので、慣れてきた感じというか、東京に来だした頃よりも、普通に来れるようになった。東京公演を始めたころは、力みとか高揚感があったと思うけど今は普通にこれてて、それがすごく嬉しくて。今までで一番、自然体でこれている東京公演だと思う(笑)


~大阪公演を終えて~

―― 大阪公演がこの間終わりましたけど、やってみてどうでしたか?

山崎 インディペンデントシアターセカンドを使うのは3回目で、今回はこの劇場で使える全ての方法をやってみたいってのがあって。

―― ええ。

山崎 ツアーまわるにあたって、同じ作品を届けるというのはひとつの商品としては勿論大切だとは思うけど、やっぱり大阪公演を観にきてくれた人には、大阪でしか観られないものを見せたいなってのがあって。

―― わかります。

山崎 だから駅前劇場では当然演出は変わるし、そういう意味でセカンドでしか作れないなあってものを作れた実感はあるので、駅前劇場でもそうなればいいなと。
あとはやっぱりここ最近、お客さんの頭のなかで物語や演出や登場人物が完了していくっていう作品づくりを意識していて。『駄々の塊です』くらいからかな。『春よ行くな』はその極みというか、集大成な作品って言えるかも。

―― 実際やってみての反応というか手応えは?

山崎 うん、すごくあった。お客さんの想像力って本当に懐が深いなっていうか、色々想像してくれるなっていうのをまた教えてもらった。ここまでお客さんの懐が深いならこれからもどんどん、行ってしまうと思う(笑)

―― 具体的にはどういう手応えですか?

山崎 評判とか感想とかの感触・・・かなあ。自分たちが思っているものとは別のところで盛り上がっているとかではなく、自分たちが思っているところでお客さんも盛り上がってくれているなっていうのが、今までの作品の中で1番あった。


~『春よ行くな』の最初のイメージ~

―― 『春よ行くな』の作品のテーマやイメージみたいなものはどんなところから出てきたんですか?

山崎 基本的にいつも、こんな物語でとかこんな場所の設定でとかっていうのはあんまり考えずに、感覚的に浮かぶものをもとに物語を作っているんですね。想像出来るなら実現できるっていうモットーで。それで首が絞まっちゃうときもあるんだけど。

―― ええ。

山崎 そもそも「こういうものを表現したい」って思ったもの、人に何かを伝えるというときに「こんなことを思っている」ていうものや、ことを、誰かに説明するときにまだ全然言葉に出来ない時の感じ、そしてそういうものが言葉に変換されたとき、どれくらい「それそのもの」が削ぎ落とされちゃって言葉になるのかとか、なんていうのかな、自分が作品づくりの1番の根源にしてるもの自体を、『春よ行くな』では作品にしたいって思って。

―― 色とか景色とかのイメージが漠然とふわって自分の中に浮かんだということですか?

山崎 結果的にそうなったという部分は大きいとは思うんだけど。
公演とか作品が、今までは作りたい時期に作っていればよかったんですが、今は待ってくれている人がいるとか、自分自身も作り続けたいってのがあって、先に公演が決まっていくっていうのがある程度普通になってきてて。

―― それはもちろん、やらされているとかの悪い意味ではなくですよね。

山崎 うん、「作らなければいけないものを作るのだ」っていう使命感みたいなもの。それが、肩に力を入れることなく出来るようになってきている。

―― 「タイトル決めて下さい」とか「あらすじ書いてください」とか言われますもんね(笑)?

山崎 そうそう。それを言われる頃は、大体が作品に対して何もない時期で。
その状態で「書こう」と思った時に「書きたいものはあるのにでも書けないな」っていつも思う。その時の「書きたいものはあるのに、キャッチコピーとか書いてって言われても書けないな、まだ書きたくないな」っていうもの自体を表現しようって思って。ただ、今までならそこで「表現者もの」の物語とかを考えがちなんだけど、それは自然にそうならなかった。もう、そんな人に興味なくなったのかも。

―― 結果的に行き着いたのが『春よ行くな』の物語?

山崎 うん、すごく自然にそこに行きついたという感覚。
自分の中でも苦しみなく「あるんだけど伝えられない」ていうのを書かなきゃならない時期がきたって感じ。

―― 人と話して出来上がっていくものとか 人と話していて引き出されるものとか、そういうのすごく大事にしてますよね。

山崎 「春よ行くな」っていうタイトルを決めたときもどんな話になるかは決めてなくて
でも「春よ行くな」というタイトルに間違いない作品を作れるなっていう確信はすごくあって。これがあれば大丈夫で。この感覚って意味わかんないですよね?

―― はい。

山崎 僕もわからない。でも、あるんすよね。
自分でもはっきりしないまま、みんなに話して、でも核心のところって喋らなかったりするじゃないですか僕。

―― ええ。

山崎 それってまだ喋れないものなんだって思うようにしていて、それを今度は育ててゆく感じ。

―― 出演者に取材したりして書いたりもした?

山崎 取材っていうよりか、なんかとにかく話をしてもらった。
人と人が「分かりたいのに分かり合えない」っていう状態にまつわるシークエンスをいっぱい繋げたくて。特に物語の序盤は。だから色んな話をしてもらってました。僕から投げかけた雑談を、自分の経験だけじゃなく嘘も含めて話してもらって、その雑談で出て来た「昔こういうことがあって」とかの話を、じゃあその昔に戻ってやってみようみたいな。そんで、段々シーンが作られていった。

―― エチュード(即興劇)を繋げていった感じですか?

山崎 いや、エチュードでエピソードを作ったっていうよりも、エチュードのように本番が迎えられるっていうものを、つまり「何度やってもに嘘にならないもの」――言い換えれば、「ネタは面白いけど嘘になるもの」は捨てて――を選択していって、序盤はシーンを作っていった。

―― 具体的にはどんなエピソードが残りました。

山崎 やっぱり哀しくて可笑しいことが勝ち残った。これ僕の好きな感覚で。哀しいことは可笑しいことでもあるなっていうのは昔から思っているので、結果、そこが嘘がないものとして勝った感じ。可笑しいことに変換できる哀しみの強さ。だからチラシとかホームページ見た人は驚くかもしれないですけど、ある意味『春よ行くな』はコメディなんですよね。

―― 『春よ行くな』は、5時間超えるかもって言ってましたね。

山崎 最初はこれ5時間くらいになるんじゃないのって思ってた。もちろん冗談だけど。ある人間そのものを描きたくて。まず主人公っていうものを今回絶対におこうって思った。そんで、主人公なんだけど、その人に感情を移入したいとかその人の目線に立ちたいって思っても立てない分からない人間を主人公にしたかった。つまりお客さんも、その人のことを分かろうとしても最終的に分かり合えないとうところが、この劇の持ってるテーマの核みたいなものと重なっていったらいいなって。となると、その人自身は物語に乗せられなかった。周りが勝手に盛り上がって、それが物語になっていって、その中にただいるだけっていう人。で、結果、その人を表すのに必要ななんでもない日常を繋げると、これ、半端なく長くなるかもと思えてきて、途中は頭を抱えました。

―― どの部分で、例えば上演にとって必然の時間、2時間なら2時間に収められたんでしょうか?

山崎 たとえば、何年間か生きてきて、その何年をただ全部見せても面白くないシーンていっぱいあると思うんですけど、何年間の凝縮された瞬間を繋げたら、まあ3時間か4時間くらいになる。それは「私はこんな人間です」って紹介されなくてもその人を分かった気になれるものだろうし、どんな人のものでも見てても飽きないものになるなって確信がまずあって。そこから、最初は人生のハイライトを繋げてたんですけど、3時間、4時間になる感じに雲行きが怪しくなってきて、その時に、あ、むしろ語られないところはそのままでいいかと思ったというか、気になる人でいらせられる部分を繋いでいったらちょうどいい時間になった。

―― 観ていて、主人公の発言に「わかる」って共感する部分もあるけど、他の登場人物たちが言うその人のことに共感するところもあって。普段、本人が話す「わたしはこういう人だよ」っていう自分の話って大体信用できないって思っていて。その人の周りの人が話す「その人」のほうが、「わたしはこういう人間」っていう本人の自意識が抜かれた状態の情報が聞けるから信用できるって思っていて、結構それに近いなって思いました。

山崎 お芝居で、「俺は探偵だ」っていう奴って信用ならないけど、周りの人が「あの人は探偵ですよ」っていうと、探偵なのかなって思っちゃうっていうのが面白いとこでも怖いとこでもあるよね。日常でも誰かが「あの人こんなこと言ってたよ」っていうのに大分影響される。でも実際本人会ってみると「まさかそんなこと言ってない」って思ったりする。なんかそういうところをお客さんが通して見れて、登場人物たちの間に生まれてくる齟齬とか喜びとかにお客さんが「え、ちょっと待って待って」って言える。そういうものをお芝居で見せたいなと思って。だから、なるべく主人公に自分のことを喋らせないようにしました。まあ「君ってこういう人だからね」っていうのに対しては「うん」とも「いいえ」とも言わない。だからお客さんの中でも「あいつは本当はどんな奴なんだろう」ってところから、「こんなヤツだ」って決め付けてってもらえたらいい。そこの面白さと恐怖が興味深いなって思う。


~『春よ行くな』でできたこと~

―― シーンごとに、何か自分が経験したんじゃないかってことが盛り込まれているので 自分も物語に参加している感覚がありました。

山崎 人物に感情移入なんかしなくていいんだけど、なぜか物語の中にいるっていうのをやりたかったんですよね。

―― どうして『春よ行くな』ではそれができたんでしょうか?

山崎 『駄々の塊です』くらいから同じことは言っているんですけど、伝わらない感覚の部分があって、それは役者さんの中で説明のつく、筋の通った役にしてしまうってものはいらないという話なんだけど。

―― 繋がってないほうがいい?

山崎 うん。僕は一貫性があるっていうか、人物としてつながっているって、すごくおかしなことだと思っていて。気持ち悪いと言ってもいいくらい。そこで言ってきたのは、人物が見ている景色はつながっているけど、その景色に対するとらえ方はその瞬間瞬間の感じ、ノリといってもいいけど、ノリによって違うってこと。自分のことって普通はもっと話せないですよね。なのに話せるくらい作りこんじゃう。それっていいことなのか僕にはわからないけど、作りこむべきはそこじゃないんじゃないかなって。

―― さっきも、このインタビューで声がちゃんと録音できてるか聞き直したときに 「自分の声ってこんなんなんや」って思った感じ?

山崎 そう。いつも鏡で見てる顔って、分け目が逆だし、ほくろの位置も逆なわけやん。動画とかで見ると「あっそっか」って思うことがあるわけ。そのくらい自分のことって分かっていないから、役のことは分からなくていいので、とにかく、役者さん自身が持つ役の違和感をなくさず、その時その時を生きてほしいっていうのは伝えていて。みんな説明のつくように役を無意識で演じてしまっていたのが、今回は「分からなくていい」っていうのをすごく楽しんでくれていて。

―― それはきっと、今回は「分からない」というのも作品のテーマでもあったからですかね?

山崎 この作品の舞台での立ち方のひとつのルール、「分からないものは分からないままで、それを身体に乗せてってください」っていうのがある。床もちょっとすべる床にしてもらって、まるで踊っているような、踊っているわけではないんですけどね、ほんと自然にそういうところに行き着いた。たどり着くべくしてたどり着いたってことがこの座組の、この作品の強みだと思う。理論からはじまってないモノの強み。演技論だとか時流だとかに乗っかってやったというよりも、自分の中でもやりたいことが固まって来ている中に集まってきたメンバーが今も変わらずにいてくれて、その人達と2年、3年かけてやっとここにたどり着いたという感じ。客演の大塚くんも3回目だし。この作品を観て、純粋に「面白かった面白くなかった」って言ってもらって、なにもぶれない作品、心がざわつかない作品が出来たなという感じがありますね。

―― テレビで観る「っぽい芝居」ではなくて、自分の中にちゃんと存在する素材、自分の普段使っている言葉の応用をしてみようとか、ちゃんと自分の手の届く範囲で嘘をつくことなく提示しているなっていうのを思っていて。だから役者を、出演者の全員のことを観てて、好きになっちゃうのはありました。

山崎 「嘘がないように」っていうのは1番大切にしてた。稽古場で「出来ないことはやらなくていいです。それは嘘なんで」っていうのはすごく何回も言いましたね。稽古の中で自分の演技に嘘があると気付いたら手を上げて「嘘がありました」ってすぐ言いましょうって言ってた(笑)だから、この演技なら大丈夫という信用はあった。目をつむるのではない、ちゃんと見据えた上での信用。

―― 本人が「嘘があるな」と思いながらやってるところが、ちゃんと指摘されてたのもあったかもしれないですね。

山崎 だったら嘘はつかず、出来ることをやろうって。つまり、この作品にとって代えのきかない役者になろうと。あなたはあなたにしかなれないってことは、俳優にとって地獄のようだけど、実はとても幸福なことだと思うし、うちは幸いみんな癖のある役者だから、まあ、もうちょっと癖なくてもいいんだけど(笑)。でもまあ、その癖をもっといかしたらって言ってて、 何か、うんすべてのタイミングが合ってきた感じはあるかもしれない。

~分かり合えないから、溶け合うしかない~

―― さっき「哀しい笑える」とか「笑うひとも泣くひともいる」っていう言葉が出てましたが、山崎さん的にはバッドエンドだとは思っていない?

山崎 僕的にはすごくハッピーエンドだと思ってる。なんか、「分かりあえなかった親子が、友達が、恋人が、最後分かり合った」っていうことってハッピーなようだけど、その感じってすごくホラーだなって思ってる、僕は。

―― はい。

山崎 「分かり合いたいけど分かり合えないひとたちが、ちゃんと分かり合えなかった」っていうのを描こうと思った。僕はそこにすごく希望があると思うし、分かり合えないまま、分かり合えないからこそ、分かり合えないところを想像力で埋めるっていうことこそ、すごく希望があると思う。だから哀しい話ではないと思っていて。まあ、でもそれは、僕からしたらってことなので。

―― お客さんに判断してもらったらいいと?

山崎 うん。伝えたいことよりもそこにちゃんといれたらいいから。そこにちゃんといる事ができたら、お客さんにはちゃんと伝わると思う。ちゃんと伝わるっていうのは、お客さんの中の答えが出てくるということ。だから僕の意見と違っててもいい。

―― もう少し詳しく言うと?

山崎 たとえば、哀しいは伝えることはできるんすよ・・・あ、伝えるとは違うな、「哀しいを作る」ことは出来る、かな。で、お客さんは「これは哀しいお話でしたね」と感じさせることは出来る。でも、そんなのつまんなくて。自分が観てて、あるいは作ってて楽しいものって、お客さんもちゃんとそこに存在してて、お客さんがお客さん自身の経験を踏まえてしか観る事のできない見方で観れる芝居っていうか。大阪でしか、東京でしか、その劇場でしかにも繋がる感覚だけど、そういう作品が好き。

―― 今回も早くから稽古場に舞台美術がありましたよね。そのやりやすさとか聞いていいですか?

山崎 まず前提として、これは好みなんですけど、僕は素舞台よりも組んである美術のほうが好きなんですね。観る分には好きなんですけど、作る場合は不安になってしまうので。だからまず最初に、役者の人たちが乗る舞台っていうのをすごく考えて、そういう意味でも京都の稽古の環境ってすごくいい。序盤の、稽古が夕方からの期間に美術を作ってもらって、で、それを建て込んで昼からの稽古が始まるっていうのが京都の利点のひとつで。稽古場を転々と移動して素舞台にしないといけないとか、劇場に入ってからじゃないと美術が分からないっていう環境でもない。

―― やっぱり目に見えるものって、作品の方向を示してくれますね。

山崎 後半のシーンとかは、ほとんど舞台美術で出来たシーンだし。「物語を転がしてくれる」のが舞台美術だと思っているし、そう思って決めます。

―― 今ツイッターとかwebを見ても、東京のお客さんも待ってくれてるのかなって感じてるんですけど、東京で待ってくれてる人に言いたいことはありますか?

山崎 2009年に悪い芝居が初めて東京に来てるんだけど、「やっと見つけてくれましたかっ」って感じかな(笑)。嘘です嘘です。でも、こんなに誠実に演劇つくってる劇団あんまりいないと思いますよ。いや、みんな作ってるんだろうけど。これほんとディスってるんじゃなくて。まあ、2009年から観てくれてるお客さんも一緒に「やっとか」って思ってくれたらいいなあ。あと、個人の活動も増えて来て今回初めて観るっていう人が多いだろうから、そのタイミングでこの作品を、東京まで持ってこれているっていうのはすごくいいと思う。東京の客演さんがいない中で、今回は特に「関西から来ました!」ってのを胸を張って言える状態で来れた。

―― 駅前劇場での上演は、本公演では2回目で、企画公演を入れて3回目なんですけど 意気込みはありますか?

山崎 うーん

―― いつも通りって感じですか。

山崎 いや、下北沢で芝居できるっていいなってちゃんと思うよ。下北沢で演劇できて、ちゃんと素直に「いいじゃん」って思う。それを楽しみにしてます。

―― お客さんにも下北沢でやってる悪い芝居を楽しみにしてきてほしい?

山崎 こんなにたくさんの中から僕ら悪い芝居を選ぶ理由って、本当にほとんどないと思うんですよ。でもずっと観てくれている人たちって、「何かないかな」って思って観てくれたというか、どこか飽きた時に出会ってくれたというか、そういう人がずっとハマって観に来てくれていて、だから今「なにか面白いことないかな」って思っているなら、悪い芝居を観にきてほしいって思いますね。どの流れにも乗ってないので、僕たちを観てくれたら嬉しいな。

(おわり)


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『春よ行くな』東京公演は9月11日(水)~17日(火)まで!